クオリア
一言で言うと、主観的に意識上で感じる赤色や青色といった質感のことをクオリアと言います。
クオリアと脳がどう関係しているのかというのが、意識のハードプロブレムと呼ばれるものです。
AGIが、人間と同様にクオリアを感じるかを議論するには、クオリアについて解明する必要があります。
そもそもAGIにクオリアが必要か考えていきます。
例として赤色と青色の2つの球体を見た場合を考えます。
そのとき、以下の現象が起こります。
(1)赤色と青色のクオリアを感じる
(2)二つの球体の色が異なると認識する
(3)二つの色から、別々のものを連想する
モノクロ映像にRGBの数値が書かれていても、(2)(3)はできるため、(1)は不要です。
クオリアの有無に関係なく、全く同じ行動が可能です。
ただし、不要だからといって、存在しないとはいえません。
色を初めて見る人の場合を考えてみましょう。
見た色から、何かを連想するこはありません。
赤色や青色を感じていたとしても、ただ2つの色は異なるとしか認識できません。
貴方の目を改造して、赤外線と紫外線を見られるようにした場合も同様です。
初めて赤外線と紫外線を同時に見たとき、ただ色が異なると感じるだけでしょう。
初めて感じるクオリアは、ただ他と異なるという感じだけです。
同じクオリアを何度か感じると、同じくクオリアを感じたものを連想できるようになります。
クオリア毎の質感の違いというのは、連想されるものの違いです。
ここでいう連想というのは、具体的な過去の一例を能動的に想起することだけではありません。
青色が視界に入れば、受動的に、過去に見た空の色と同じだと認識します。
視界に入ったいろ色が何色なのかを認知しないようにすることはできません。
つまり、クオリアを感じることをやめることはできません。
クオリアを感じることは、意識に入ってくる情報を区別していることと同じです。
クオリアとAGIの研究
AGIがクオリアを感じてなくても、脳と全く同じ情報処理をしていれば、同様の行動ができます。
クオリアは、情報処理の結果に関与しないといえます。
結果に関与しないなら、想定する必要がありません。
素粒子に例えてみます。
素粒子は、相互作用に一切関与しない物性値を持っていると仮定します。
その物性値は、物理現象の説明には不要です。
その物性値を調べる方法がありません。
その物性値の存在を否定することはできませんが、あると仮定する意味がありません。
クオリアは、その物性値と同じです。
クオリアは魂とも同種の存在です。
魂と脳の情報が同期しているなら、脳だけで心を説明できます。
魂の存在は否定できませんが、仮定しても心の説明には役に立ちません。
知能の研究にクオリアを考慮する必要はありません。
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