ヘンペルのカラス
帰納に関係するパラドックスです。
数学では対偶の命題の証明が元の命題の証明になります。
例①
命題「カラスは黒い」
対偶命題「黒くないものはカラスではない」
観測「部屋内の黒くないものは全てカラスではなかった」
→「カラスは黒い」が証明された
カラスを見ずに証明できるのは奇妙に感じます。
例②
白くした例を考えます。
命題「カラスは白い」
対偶命題「白くないものはカラスではない」
観測「部屋内の白くないものは全てカラスではなかった」
→「カラスは白い」が証明された
例③
複合した例を考えます。
観測「部屋内の黒くないものは全てカラスではなかった」
かつ
観測「部屋内の白くないものは全てカラスではなかった」
↓
「カラスは黒い」が証明された
かつ
「カラスは白い」が証明された
黒いとも白いとも証明されるのは奇妙です。
部屋にカラスがいなければ、この状況になります。
存在しないものを何色だといっても矛盾がありません。
これが成り立つのは観測した部屋内の範囲に限られます。
竜に換えれば、竜はどんな色でもあると証明できます。
これは、観測した範囲では矛盾がないというだけです。
白かつ黒だといっても存在しないものは否定できません。
ただ、存在しないものについて推測しても無意味です。
一方、数学では全ての数について対偶を調べます。
部屋の外で、矛盾する例を見つける恐れはありません。
AIはヘンペルのカラスの問題をどう回避する?
対偶からの元の命題の推論は、演繹に限って行います。
つまり、観測した範囲内での主張に留めます。
未観測のものの帰納推論には使いません。
帰納推論は観測が増えるほど確からしさが増します。
カラスが黒いという観測が多いほど確証が増します。
ヘンペルのカラスの例でも、黒くないものを観測するほど、確証が増すと感じます。
しかし、赤いカラスを一羽観測するだけで、結果がひっくり返ります。
赤いというたった一件の主張で、黒いという多数の主張が無効になります。
これは、主張する観測が増すほど、確証が増すという帰納の原理に反します。
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